デイジーの日記:エピローグ(小説)

ビオラは昔、雨が嫌いだった。

学生の頃、雨が降るたびに頭痛がした。
普段なら聞こえてくる賑やかな音たちが、雨の音にかき消されて、閉ざされた建物内の音だけが大きく響く気がした。

優等生ぶっている、だとか
いつも不機嫌そうで愛想が悪い、だとか
生意気な奴はどうせ出世しない、だとか・・・

普段であれば無視できるこそこそとした陰口が、心の中にまで入り込みそうで、頭痛がひどくなった。

こういう時、強気な妹ならなんて言うだろうか。
「そんなのつまらない嫉妬だよ。無視無視!」
今にも声が聞こえてきそうなほど鮮明に想像ができて、少し笑える。

そんなことを考えていたら、寮の部屋の前にたどり着いていた。
同室のドングリは、いやみな男ではない。
これで頭痛は少しは落ち着くだろう。

扉を開けると、雨の音が大きくなった。
ドングリが窓を少し開けて、外を見ながら紅茶を飲んでいる。
「おかえり。図書室から本は借りられたか?」
ビオラは答えなかった。
気の利いた返しが思いつかなかったからだ。
その代わり、思いも寄らない言葉がこぼれ落ちた。

「俺は生意気で愛想が悪いようだ」

しまった、と思った。
でも一度こぼれ落ちた言葉をなかったことにはできない。
そんな魔法も習ってはいなかった。

ドングリは驚いて、少し考えてから話し始めた。
「お前のこと、生意気だと思ったことないよ。いつも頑張っていてすごいと思うし・・・俺、お前のことは応援したいと思ってるよ」
紅茶を薦められて、素直にドングリの前に座る。
「雨が好きなのか」
ビオラは、自分でもまともな会話になってないなと思った。
相手の言葉にどう返したらいいのか、いつも分からない。
魔法の方が会話よりもずっと簡単だ。
ドングリは気にせず会話を続ける。
本当に優しい奴だと思う。
「うん。雨は好きだ。あんまり沢山降ると困るけど、基本的には恵みの雨だもの。この音も気持ちが落ち着いていいよな」
ニコニコと笑いながらドングリが窓の外を見る。
「そうか。雨、好きか」
それ以上、その日はお互いにあまり話さなかった。
ビオラは借りてきた本を読み始めたし、ドングリも宿題を始めた。
でも紅茶を飲み終わる頃には、ビオラの頭痛はなくなっていた。

--------------

(挿絵)

--------------

今、大人になって雨の日に頭痛がすることも少なくなった。
自宅の仕事部屋で、完成した設計図の最終確認をしていると、デイジーが部屋に飛び込んできて、その後にドングリが続いてきた。
「お兄さま、お仕事は少し休憩にして、温室に来て!」
ぐいぐいと引っ張る妹を叱りつけようかとも思ったが、ドングリもニコニコと笑って一段落したらでいいからさ・・・と誘ってくるので、少し早めの休憩をとることにした。

温室に行くと、外は天気雨のようで、光は射し込んでいるのにパタパタと雨がガラス屋根を叩く音がしている。
2人に促されるまま奥の方へ進んでいくと、そこにテーブルとイスがあって、紅茶とクッキーまで用意してある。
そこまで行くと、パタパタという雨音に加えて、少し高い音や低い音が混じって聞こえてきて、自然の音楽のように聞こえてきた。
「すごいでしょ?温室の片づけをして外に出した道具とか、石なんかに雨が当たって色んな音を出してるんだよ。せっかくだからこの場所でおやつの時間にしようってドングリさんと話してね」
「ビオラ、昔から雨音聞きながら紅茶を飲むと穏やかな顔してただろ?好きなのかなって思って。俺も雨音好きだし・・・」
2人が口々に話すのを聞いて少し頬が緩んだのが、自分でも分かった。
デイジーもドングリも嬉しそうな顔をして席に着く。

穏やかな気持ちになるのは、雨のせいではないけれど。
雨の日に揃って紅茶を飲む習慣は、つけてもいいかもしれない。


終わり

back