デイジーの日記2(小説)

5日目

どうも。デイジーだよ。
お兄さまは昨晩からずっと魔法人形の顔を作り直していたみたい。
朝起きたら使用人の顔がいろんな動物の顔に変わっていた。
朝食を運んできた使用人の顔が鶏になっていて笑っちゃった。

疲れ切った顔のお兄さまと、少し気まずそうなドングリさん、
それから私で一緒に朝食を食べた。
ドングリさんは怒ってないことを伝えようとしてるのか、一生懸命いろんな話をしていたけど、お兄さまはずっと上の空で、ドングリさんがかわいそうだったな。
それでちょっとお兄さまに意地悪してやろうと思って言ってやった。

「オリジナルのドングリさんの方がやっぱり表情が豊かだね。それに人形よりも体格がしっかりしてるみたい。学生時代のイメージで人形を作ってたからなのかな?」

お兄さまは、もうその話はやめろと怒った。
そしてさっきまで上の空だったくせに、もったいぶった感じでドングリさんに何の用事で来たのか訊ねた。
本当は昨日の夜にまず訊ねるべきだったと思うけどね。
ドングリさんは少し言いづらそうにしてから、村中の畑に水を送る魔法道具が壊れてしまって、それで修理の相談にきたと話した。
「村には魔法道具を修理できる人間がいなくて・・・ずいぶん昔にお金を出し合って買ったものだから、どこに修理をお願いしたらいいかもわからないし・・・お前のところに来てしまった。忙しかったかな?」
「大丈夫ですよ。お兄さまは天才だから。もう少ししたら今の仕事も終わると思います。」
お兄さまが何か言い出す前に私は前のめりに承諾した。
だってこんな面白そうな状況、すぐに終わったらもったいない!

お兄さまは少し困った顔をしたけど、無理だとか出て行って欲しいとか言わなかったから、ドングリさんが家にいるのはまんざらでもないみたい。

朝食の後、私はドングリさんをつれて家の中を案内した。
客間に寝室、厨房に書庫、お兄さまの仕事部屋に、いろんな魔法道具が積み上げてある倉庫・・・それから庭を周って、最後に温室。
話を聞くと、ドングリさんは村で農家をしてるんだって。
牛や羊の世話をしたり、畑で作物を育てたり・・・最高だよね。
荒れ放題の温室を見て、お兄さまの今の仕事が一段落するまで温室の管理を手伝うって言ってくれた。

やった!
私の計画通り!

--------------

6日目

今朝は、早くに目が覚めたからお兄さまの仕事部屋へ行った。
ドングリさんはまだ眠っているようだった。
「ねぇ、2人はどういう関係だったの?」
お兄さまは、私の質問に一度すごく嫌そうな顔をしてから、
眉間にしわを寄せて答えた。
「学生寮で2人部屋の同室だっただけだ。・・・友人ですら、なかった、と思う」
珍しく歯切れが悪い。お兄さまはもう少しはっきりものを言う人だ。
魔法人形の顔をぜんぶドングリさんにしてしまうくらいだから、お兄さまは本当はドングリさんのことが大好きだったんだと思うんだけど、友達にはなれなかったのかな。
「学生の頃のドングリさんはどんな人だった?」

「ドングリは、よく笑う奴だったが静かだった。誰にでも親切で、落ち着いていて・・・尊敬できるところがあった。・・・実家に兄弟が多いと言っていたな。だからか面倒見が良かった。俺が無愛想でもニコニコと笑っていた」

お兄さまが人のことをこんなに詳しく話すのは珍しい。
お兄さまは人見知りだし素直に好きの感情を出せる人ではないから、きっと大好きなことをきちんと伝えられなかったんだと思う。
昔からそういうところがあるんだよね・・・


少ししてドングリさんが起きてから、一緒に温室に行った。
私は動きやすいようにパンツスタイルに着替えて、温室のいろんな植物や魔法道具について説明してまわった。
元々いた庭師のおじいさんは魔法が使えない人だったから、温室に置いてある魔法道具はお兄さまお手製の、基本的には絡繰り仕掛けで、魔法の力を中に貯めておいて必要なときにだけその力を使うものばかりだ。
ドングリさんはいちいち珍しい植物や魔法道具に驚いて感動してくれて、説明する私もすごく楽しかった。

「デイジーさん、せっかくだから一緒にやりませんか。温室が好きなんでしょう。」
あんまり丁寧な話し方だから、私は敬語はいりませんって言った。
そうしたらドングリさんも自分に敬語はいらないって!
友達になれたみたいで嬉しくなっちゃった。でも・・・
「手伝いたいけど・・・私は今、魔法を使うのを禁止されていて、何もできないし・・・」
少し拗ねたみたいな言い方になってしまった。
今思うとすごく子供っぽかったかも。
「大丈夫だよ。魔法が使えなくても色んなことができる。俺なんか最初から魔法は使えないんだし」
そう言ってドングリさんは笑った。
やっぱり優しくて良い人だな。


「どうして魔法を禁止されてるんだ?聞いてもいいかな」
育てたい植物以外の、栄養を持って行っちゃう草花を選んで抜きながら、ドングリさんは私に尋ねた。
私は少し困った。
だってすごく子供っぽい理由のような気がしたから。
でもドングリさんは馬鹿にしない気がした。
「私、学校で友達と喧嘩しちゃって、怒って魔法を使っちゃったの。それで当たりどころが悪くてその子が怪我をしちゃって・・・」
深刻な傷にはならなかったけど、魔法でむやみに人を傷つけてはいけないっていうのは、学校に入ると口酸っぱく教えられることだ。
喧嘩のきっかけは些細なことだったはずなのに、私はすごく怒ってしまって、その子に謝らなかった。
だから魔法禁止の上、自宅謹慎になっちゃったわけ。
私が暇してた理由はこれ。本当に馬鹿みたいだよね・・・

私が話し終えると、ドングリさんは優しくほほえんだ。
「反省してるんだなぁ」
「そう見える?」
「だって素直に魔法禁止を守ってるから」
そう言われて、確かに私は律儀に魔法禁止を守っていたなと思った。
強制禁止の魔法をかけられてるわけでもないのに・・・
自分が思ってるより私は反省しているのかな。

--------------

7日目

今日もドングリさんと温室をきれいにした。
お兄さまはまだ図面や本とにらめっこしてる。

壁一面に生えていたツタを取り除いたら水やり用の魔法道具が出てきて、ドングリさんは大はしゃぎしていた。
すごく便利に見えたみたい。
私は取り除いたツタについていた果実が美味しいと教えてもらって、そっちの方が嬉しかった。
魔法人形に頼んでジャムを作ってもらって、おやつにスコーンと一緒に食べた。すごく美味しかった!

スコーンにジャムをたっぷりつけながら、私はずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「でも、よくこれまで気づかれなかったよね。家の魔法人形の顔がドングリさんと同じだって。お兄さまの学生時代の知り合いも、仕事で家に来ていたりしてたんだよ?」
魔法人形の話を掘り返されるとは思っていなかったのか、ドングリさんは少し苦笑していた。
「うーんと・・・俺、学校では目立たないタイプだったし、特に仲が良かった奴以外は俺の顔は覚えてないと思うな。ビオラとは同室だったけど、魔法道具科の人たちが部屋に来た時なんかは、話が難しすぎて参加したこともなかったし・・・俺は動植物科でぜんぜん科が違ったし。地味な学生だったんだ」
でもお兄さまは覚えていた。
同室だったからね、とドングリさんは困った顔で笑った。
「毎日顔を合わせていたから、俺の顔をよく覚えていたのかも。人の顔を覚えるのが苦手そうだったから、たまたま思いついた顔が俺だったんじゃないかなぁ・・・卒業して数年たって、俺も、もう会うことはないかもって思っていたし・・・」
たまたま偶然だなんて、そんなはずはない。
私は知っているんだから。
まだドングリさんには話せないことだってあるし・・・
「お兄さまのこと、大好きな友達だった?」
ドングリさんは驚いた顔をして、その後すぐに笑った。
「友達だったとは言えないかも。でも、ビオラは努力家で、すごく尊敬できる奴だった。友達になりたいなぁって思っていたよ」

私、お兄さまの人付き合いが下手なところ、本当に損だと思う。

--------------

8日目

今日、私はけっこう良い仕事をしたと思う。
もしかしたらお兄さまには少し恨まれたかもしれないけど。
そんなの些細な問題だよね。

今日の午前中はドングリさんと一緒に温室の片づけを続けた。
煉瓦の小道を歩けるように草抜きしたり、密集しすぎて枯れかけていた花を植え替えたり・・・作業をしながら、ここは上手に魔法を使えば自動化できるな、とか考えて、私は魔法使いの書を引っ張り出して勉強したい気分になった。
なんだか不思議だよね。

お兄さまを交えて3人でお昼ご飯を食べて、その後に事件は起こった。
ドングリさんが村に帰るって言い出したんだよ!
お兄さまの仕事も終わらないし、何日も泊まるのは申し訳ないからだって。
そんなの気にしなくていいのに。
お兄さまは、何かを言おうとしては何も言わないの繰り返しでぜんぜん役に立たない!

だから私がどうにかしないと、と思って提案した。
「お兄さま、一緒に村に行って修理の方を先にしてきたら?どうせ仕事は行き詰まってるんでしょう。一度頭をすっきりさせた方が良いと思うんだけど?」
お兄さまは私の助け船に驚いて、反応がちょっと遅かった。
その間にドングリさんが遠慮して断りの言葉を言い始めてしまった。
もう本当にお兄さまって人は!

私は少し焦っていたと思う。
ドングリさんのことは優しくて好きだったし、お兄さまがドングリさんと仲良くしたいのは分かっていた。
なのに今ここで別れたら二人はもう会わないんじゃないかって・・・

だから最終手段を使った。
本当は最後まで言うつもりはなかったんだよ。

「ドングリさんは慰謝料を請求してもいいんだよ!勝手に人形に顔を使われてたんだから!」
そのことは本当に怒っていないんだよってドングリさんが言うのを、何も分かっていないと遮って私はお兄さまの秘密を暴露した。


「私見たんだから。お兄さまが自分の寝室に、ドングリさんとそっくりの人形を連れて行くところ!一晩出てこなかったんだよ。」


一瞬、時間が止まってしまったかと思った。
あまりにも静かで、遠くで鳥が鳴いている声がよく聞こえた。

それからお兄さまが、か細い悲鳴のような声を出した。
「何もしていない!やましいことは・・・何も・・・」
「朝、何をしていたんだろうって思って、お兄さまの部屋をこっそり見に行ったら、人形とお兄さまは同じベッドで並んで寝てたんだよ」
「添い寝しただけだ!あの夜は寒かっただろう!!本当に・・・添い寝しかしていない。暖をとっただけで・・・本当に・・・」
お兄さまの声がどんどん小さくなっていく。
少しかわいそうだったけれど、私も必死だった。

何も言えずにいたドングリさんが、動揺するお兄さまをなだめようと優しい声を出した。
「そ、添い寝かぁ。寒かったのなら、仕方ないんじゃないかな。別に、添い寝くらい・・・」

私、驚いちゃった。
話をしながら、ドングリさんの顔がどんどん赤くなっていって、汗が噴き出して、とうとう茹で蛸みたいに真っ赤っかになったから。
どうにか平気なふりをしようとして、何度も汗をぬぐって、大丈夫、気にしない、と声を絞り出していた。

お兄さまの方をちらりと見たら、蒼白な顔でゆっくりと地面に膝をついて、うなだれていた。
「なんでもする・・・すまない・・・」
本当に気にしてないから、とまだ平気なふりを続けようとするドングリさんを遮って、私は言った。
「お兄さま、マナー違反だよね。それに、ドングリさんは慰謝料をもらうべきだよね。今煮詰まっちゃってる仕事なんかより、優先するべきことがあるよね?」
お兄さまは、はじかれたように顔を上げて、どたばたと荷物をまとめ始めた。すぐにお前の村に行って魔法道具を修理する、お金はいらないって大声を出しながら。

ドングリさんは困ったような顔をして私を見た。
少し怒ってもいたかも。
お兄さまのために怒ってるんだって、すぐに分かったから怖くはなかったけどね。

「もちろん、私も付いて行くから安心して!謹慎中だけど、お兄さまのお手伝いで社会貢献だもの。学校にはそう報告するから!ドングリさんの村、どんなところか本当に楽しみ」

私がわざと無邪気さを全面に出して笑ってみせると、ドングリさんも少し緊張がほどけたように笑った。
人の秘密を勝手にばらすようなことをしたら駄目だよってドングリさんは優しく諭してきて、私は素直にもうしないって誓った。

もちろん、もう誰にも言わない。
必要がない。
だって私の計画は、順調に進み始めたんだもの!

つづく→ back